中枢性自己寛容を保証する胸腺髄質上皮細胞の発生と維持に関する研究

濱崎 洋子 さん

京都大学 iPS細胞研究所

研究の背景

 免疫系が自己を攻撃しないこと(自己寛容)を保証する仕組みの破綻は、自己免疫疾患の発症につながります。自己非自己の識別に中心的な役割を果たす免疫応答の司令塔T細胞は、中枢リンパ組織の一つ胸腺で産生されます。胸腺髄質領域の上皮細胞が、インスリンなど各種臓器特異的分子を胸腺内で異所性に発現し、これら自己抗原に反応するT細胞をその発生過程で除去することによって、自己寛容の成立が可能になっています。しかしながら、胸腺髄質上皮細胞がどのように発生し、維持されるのかはほとんど理解されていませんでした。また、胸腺は加齢とともに縮小し機能低下することが知られており(胸腺退縮)、加齢に伴う免疫システムの変化の最初の兆候と考えられていますが、そのメカニズムについては不明な点が多く残されていました。


研究の成果

 胸腺内の上皮細胞は通常の上皮細胞と異なり、体内外を隔てるバリアとして機能することはなく、T細胞分化選択の支持細胞として働きます。しかしその一方で、上皮細胞特異的な分子(クローディン)の発現を維持していることを見出しました。そこで、クローディンの発現を指標として非常に稀な胸腺髄質上皮細胞を生体から単離・分類する実験系を確立し、またクローディンの発現を胎生期から追跡することによって、胸腺髄質上皮細胞の発生機序とこの過程に関与するシグナルを明らかにしました。また、胎生期においてクローディンを発現する細胞分画の中から、胸腺髄質上皮細胞の産生を生涯維持できる幹細胞の同定にも成功しました。幹細胞の活性を経時的に観察したところ、興味深いことに、出生直後、すなわち胸腺退縮よりかなり先行して、顕著に低下することを見出しました。


今後の展望

 自己寛容の成立に必須の胸腺髄質上皮細胞の維持・制御機構の一端が明らかになったことで、多くの場合原因不明とされる自己免疫疾患の発症機序の理解が進むことが期待されます。また、長らく不明である胸腺退縮のメカニズム、胸腺退縮と逆相関して増加する様々な加齢関連疾患の発症機序の解明と、疾患を克服する方法論の開発にも貢献しうると考えられます。


図
胸腺上皮幹細胞が形成したコロニー