神経軸索ガイダンス因子の情報伝達経路の解明
生沼 泉 さん
京都大学大学院 生命科学研究科 生体システム学分野
学習や記憶など、複雑な脳機能を可能とする基本要素は、神経細胞が神経突起を伸長し、お互いに接着することにより形成される複雑な神経回路である。Semaphorin (セマフォリン)は元来、正常の発達期における神経軸索のナビゲータ、「軸索ガイダンス因子」として同定された。一方で、中枢神経が障害を受けるとその周辺組織で産生され、神経繊維の再生を妨げていることが知られており、病態における神経再生阻害タンパク質でもある。われわれは、その受容体であるPlexin(プレキシン)がRasファミリー低分子量Gタンパク質、R-Ras(アールラス)に対する直接の不活性化因子、GAP(GTPase-activating protein)として働き、R-Rasの働きにブレーキをかけることで、神経繊維の伸長に阻害的に働くという、新奇な情報伝達機構を明らかにした。さらに、われわれはその情報伝達機構が神経軸索に限らず、幅広い細胞の細胞運動や形態の制御において、普遍的に用いられているシステムであることを明らかにし、転移能が高い前立腺がん細胞では、Plexinの細胞内領域に点変異が入っている変異型受容体が高発現しており、そのブレーキシステムの破綻が起こっているために、細胞が過剰な移動能力を獲得していることも明らかにした。今後もガイダンス因子の分子基盤、およびその働きについて研究することで、正常および病態における生体構築システムの理解、ひいては神経再生やがん転移阻止を目指した創薬に繋がると期待される。
(参考URL) http://sakura.canvas.ne.jp/spr/izumi_presto/
Semaphorin4D受容体、Plexin-B1の細胞内領域のドメイン構造図。Plexin-B1の細胞内領域は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質Rnd1の結合領域に分割された、Ras GAP様ドメイン(C1およびC2からなる)を有する。このGAPドメインは、全てのPlexinサブファミリーに共通であり、Rasファミリー低分子量Gタンパク質R-Rasに対するGAPとして働くことで、神経繊維の伸長や細胞の移動に対してブレーキをかける。