明治中期の絵画と美学に関する研究

植田 彩芳子(うえだ さよこ) さん

東京国立博物館 特別展室 研究員

はじめに

 このたびは、花王芸術・科学財団の美術に関する研究奨励賞をいただきまして、誠にありがとうございました。この場をお借りして、関係者の方々に心から御礼申し上げます。
 今回受賞の対象となりました研究は、明治中期における西洋美学受容と絵画への影響について、横山大観の作品研究および同時代の洋画家・黒田清輝の作品研究へと問題を広げて考察を行ったものです。この研究は、日本近代絵画史を美学的背景からとらえる点で、日本近代美術史学に新しい視点を提示する意義を持つと考えています。


研究の成果

今回申請した研究は、下記の論文として発表したものです。

  1. 植田彩芳子「横山大観筆《屈原》に関する考察」『美術史論叢』(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部美術史研究室)、21号、平成17年
  2. 植田彩芳子「横山大観筆《聴法》制作背景としての「エクスプレッション」―画中人物の感情表現について―」『美学』(美学会)、225号、平成18年
  3. 植田彩芳子「黒田清輝筆《智・感・情》の主題の背景―ハーバート・スペンサーの美学との関係から―」『美術史』(美術史学会)、163号、平成19年

 1.の研究では、横山大観の代表作《屈原》を分析し、明治31年当時《屈原》が注目された背景には、岡倉天心が「エクスプレッション」に注目したという理由があったことを明らかにしました。次に2.の研究では、明治30年頃にその「エクスプレッション」が注目されたきっかけが、イギリスでの日本美術に対する反響を受けて小泉八雲が発表した「日本絵画論」にあり、それに始まる美学論議が横山大観筆《聴法》の制作に影響を与えた様子を考察しました。さらに3.の研究では、同じ明治30年に制作された黒田清輝筆《智・感・情》の主題決定の背景には、イギリスの哲学者スペンサーの美学がある可能性を提示しました。


今後の展望

 今後も、これまでの問題関心を継続して、横山大観研究を主軸に、日本近代絵画史を美学・思想的背景から捉え直す研究を進めてゆく予定です。昨年発表した次の2点の論文もこうした問題関心に基づいたものです。

  • 植田彩芳子「横山大観筆《瀟湘八景》研究―隠逸・老荘思想への志向―」(『明日を拓く日本画―堀越泰次郎記念奨学基金奨学生作品集』堀越泰次郎記念奨学基金、平成19年)
  • 植田彩芳子「戦前における横山大観評価の形成史」(『没後50年 横山大観展』図録、国立新美術館、平成20年)