″名曲″とは何か?-音楽聴取からもたらされる感動の脳内メカニズム-

伊藤 文人(いとう あやひと) さん

高知工科大学フューチャー・デザイン研究所 講師

研究要旨

世の中にはクラシックやジャズ、ポップ・ミュージックなど多種多様な音楽が溢れ、我々は歴史的な″名曲″の数々に感動を覚える。なぜ我々はそうした″名曲″に心惹かれ、好きな楽曲を繰り返し聞くようになるのだろうか?本研究では、こうした問いの一端を明らかにすべく、様々な音楽に対する主観的な心地よさや好みが脳内でどのように表象されているか明らかにすることを目的に、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた研究を実施した。

実験刺激作成

本研究では、初めに160曲の楽曲をiTunes(https://www.apple.com/jp/itunes/)から収集した。言語処理プロセスの影響を排除するため、楽曲は全て一切言語を含まないInstrumental系のものとし、無料でダウンロ-ド可能な楽曲数が豊富なJazz及びAlternativeを対象とした。まず初めに聴覚障害のない若年者20名(女性11名、平均年齢:21.2歳、年齢範囲20-22歳)にこれらの楽曲をそれぞれ聞いてもらい、どれくらい心地よいと感じたか7段階で評定を行ってもらった(1:全く心地よくない~7:感動するほど心地よい)。次に、被験者平均の評定値に基づきランキング化を行い、n位(n=1~80)とn+80位がペアになるように80種類の刺激ペアを作成した。この刺激ペアは被験者の好みを探る目的で使用された。

データ取得手続き

fMRI撮像には上記の評定課題に参加していない29名の聴覚障害のない若年健常被験者が参加した(女性9名、平均年齢:20.6歳、年齢範囲:19‐23歳)。被験者はfMRI撮像中に聴覚刺激呈示用イヤホン(Sensimetrics社製、S14)を通してそれぞれの楽曲を15.48秒間呈示された(TR=645ms)。被験者はそれぞれの曲を聞いた直後に、どれくらい心地よいと感じたか4段階で評定を行った(1:全く心地よくない~4:感動するほど非常に心地よい)。fMRI撮像後、被験者は選択課題を行った。この選択課題では、上記の80種類の楽曲ペアを改めて聴取し、好みだと感じる方の楽曲を選択した。

成果

行動データの解析の結果、好みの楽曲(選択課題で選ばれた楽曲)に対する心地よさの評定値は、好みでない楽曲(選択課題で選ばれなかった楽曲)に対する心地よさの評定値よりも有意に高いことが明らかとなった(p<0.01)。また、脳機能画像解析の結果、感動するほど心地よいと感じる楽曲を聞いている時ほど、一次聴覚野や腹側線条体の活動が高まることが明らかとなった(FWE corrected p < 0.05)。

研究の展望

一般的に主観的な心地よさの表象には、お金の価値や他者からの良い評価などを処理する″報酬系″と呼ばれる脳領域の役割が重要であるとされている。今回認められた腹側線条体の活動は、こうした過去の知見に合致するものであった。一方、両側一次聴覚野の活動も心地よさの上昇に対応して高まることが明らかとなった。これらの知見は音楽がもたらす感動が単一の脳領域の活動によって説明できるものはなく、複数の脳領域間の機能的な結合(例えば、報酬系と一次聴覚野の機能的結合)によって生み出されている可能性を示唆している。もしかすると、感動的な曲を聞くと報酬系の活動が最初に高まり、この活動が一次聴覚野の活動を高めるのかもしれない。今後は様々な機能的結合解析などを用いた検討を行っていく予定である。なお、本研究では「心地よさ」の側面から音楽がもたらす感動にアプローチしたが、音楽がもたらす感動は必ずしも心地よさによってのみ規定されるものではない。今後は、他の様々な感情との関連についても検討していくことが重要であると考えられる。