初期フランドル絵画の祈禱者像研究

今井 澄子(いまい すみこ) さん

大阪大谷大学 文学部 准教授

はじめに

 本研究は、15世紀フランドル絵画の「祈禱者像」の実証的な分析を通して、美術作品の注文主が、図像表現の変革に大きく影響していたことを浮き彫りにするものである。

 祈禱者像は本来、宗教画において祈禱対象への信心を示すモティーフであるが、初期フランドル絵画においては、世俗的な要素も強い。本研究では、そこに祈禱者(=注文主)の意図が明確にあらわれているとみなし、初期フランドルの祈禱者像の注文事情と図像の対応関係、そして機能を総合的に検討した。


研究の成果・ポイント

 第一に、先行研究において見過ごされてきた「同一パネル内で聖母子に祈る祈禱者」像の型式(フォーマット)上・図像上の重要性を指摘した。これらの祈禱者像に関して、作品ごとに新知見を示しつつ、15世紀を通しての展開を詳細にたどった点でも、本研究は従来の研究を整理・補完したと言える。

 第二に、分析に宗教史・文化史的な視点を取り入れ、作品の成立事情を多面的に解明した。なかでも、当時流行した「個人祈禱」と、人々の持つ「敬虔な俗物(den devoten wereldling)」(ホイジンガ)としての心性が、多様に解釈されてきた《ロランの聖母子》(1430年代中頃)の図像を解明する鍵となることを示した。

 第三に、祈禱者像の「モデル」として、ブルゴーニュ公フィリップ善良公(1396-1467年)の祈禱者像を指摘した。これにより、先行研究で個別に検討されてきた「ブルゴーニュ宮廷の美術」と「初期フランドル絵画」に接点を見いだした点でも、本研究は価値があると言える。


今後の展望

 第一に、祈禱者像を中心に、注文主が図像表現へもたらす影響についての分析を進める。具体的には、墓碑彫刻・写本挿絵・壁画・ステンドグラスなど、板絵以外の媒体に表わされたフランドルの祈禱者像を調査していく。

 第二に、ブルゴーニュ宮廷の美術と初期フランドル絵画の関係の深さを示す作品を探究する。まずは、初期フランドル絵画の祈禱者像の「モデル」の候補として、四代目ブルゴーニュ公シャルル突進公(1433-77年)の祈禱者像の包括的な調査を行う。

 そして第三に、フィリップ善良公からシャルル突進公へと至る祈禱者像表現の展開をたどり、初期フランドルの祈禱者像との対応関係を検討したい。これにより、15世紀後半に初期フランドル絵画の祈禱者像表現が変化した理由が明らかになると考えられる。


参考文献

今井澄子『聖母子への祈り―初期フランドル絵画の祈禱者像』国書刊行会、2015年、373+iii頁。

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