ロレンツォ・デ・メディチ晩年の美術パトロネージに関する研究

秦 明子(はた あきこ) さん

京都造形芸術大学 芸術学部(通信教育部)芸術教養学科 非常勤講師

研究の背景

 ロレンツォ・デ・メディチのパトロネージについての研究は、作品はもとより、史料がほとんど残されていないために、従来、その考察がなかば放棄されてきました。本研究は、こうした欠落を補うべく、これまで軽視されてきた〈詩人〉としてのロレンツォを重視し、ロレンツォが注文した作品を、同時期に創作された詩作品との連関のなかで捉えなおすことによって、ロレンツォのパトロネージの意義を考察することを試みたものです。


研究の成果

 本研究では、ロレンツォのパトロネージが二つのヴィラの装飾に集中しており、各ヴィラに注文した作品が、それぞれ、ロレンツォが同時期に創作した「牧歌」と関連性をもつことに着目して研究を進めました。研究成果は、以下に発表されています。①「アポロンとパン――シニョレッリ《パンの王国》についての一試論」『美術史』第176冊(2014年)②「ロレンツォ・デ・メディチの宇宙論的自然観――ポッジョ・ア・カイアーノ正面入口フリーズの解釈をめぐって」『地中海学研究』38号(2015年)。

 ①では近年、ロレンツォがスペダレットのヴィラに設置するために、シニョレッリに注文した絵画であると指摘されている《パンの王国》を取り上げています。本研究における議論は、この作品がスペダレットに設置されていたことが前提となるため、まずその蓋然性を、状況証拠を考察することによって検討しました。次にロレンツォの「牧歌」にみられる神話解釈を手がかりに、コジモ(=パン)と、ロレンツォ(=アポロン)の関係性を考察し、この時期の内政を考慮するとき、《パンの王国》がロレンツォにとって、祖父であるコジモとともに望んだ、統治の望むべき姿=理想の王国を投影した作品でありえたことを指摘しました。②では、①における考察を踏まえ、二つのヴィラを装飾する一連の作品が、ロレンツォ本人の思想に立脚した宇宙論的な自然観をもとに構想されていた可能性を考察することによって、ポッジョ・ア・カイアーノ正面入口のフリーズの新たな解釈を提示しました。結果として、ロレンツォ晩年のパトロネージが、統治者としてのロレンツォのアイデンティティと密接に結びついたものであるとともに、ロレンツォ特有の自然観の表明として遺されたものであったことを指摘しています。


今後の展望

 本研究における考察を通して、ロレンツォにとっての詩作という行為が、これまでとは異なる新たな重要性を獲得するに至っています。今後は引き続き、ロレンツォ周辺の芸術現象を対象として、詩人としてのロレンツォに着目することによって、ロレンツォ独自の芸術観が形成された過程や、その芸術観の後世における受容(神話化の過程)について考察を深めていきたいと考えています。