フランスにおけるモダニズム芸術の形成と展開に関する研究―フェルナン・レジェの制作活動とキュビスムの変容―

山本 友紀(やまもと ゆうき) さん

京都嵯峨芸術大学芸術学部、帝塚山学院大学人間科学部、神戸芸術工科大学教育研究センター、大阪成蹊大学芸術学部、関西外国語大学外国語学部、宝塚大学造形芸術学部 非常勤講師

研究の背景

 フェルナン・レジェ(1881-1955)は、絵画をはじめ、舞台装飾、映画、装飾壁画などの多様な分野で活躍し、当時の目まぐるしく変わる芸術環境とも密接な関係を持ちながら制作活動を展開した芸術家です。本研究は、そのようなレジェの制作活動を主な研究対象としながら、フランスにおけるモダニズム芸術の形成とその変遷を当時の社会・文化的環境を踏まえて考察したものです。


研究の成果

 本研究では、1)近代的都市生活における知覚と表象、2)絵画と建築、3)芸術と社会という3つのテーマを主軸に、当時の社会・文化的な状況や芸術的環境との有機的な関係に目配りしながら彼の制作活動の軌跡を論じました。
 まず、20世紀初期における近代都市の環境に対する認識の仕方がいかに視覚表象に作用したかを検証し、そのなかでキュビスム運動を起源とする前衛芸術における時空間の表象システムが確立してゆく過程を分析しました。
 また、レジェの制作活動における絵画の建築との関係性を射程に収め、彼の抽象性を帯びた表現様式がイーゼル絵画と装飾壁画の両分野に関わりあい、そこで生み出されたそれぞれの技法が相互に補完しあいながら多様に展開していく過程について論じました。これにより、しばしば「装飾的」であるとされるレジェの1930年代の絵画作品が、美術を上位とし、工芸ないしは装飾を下位におく西洋の芸術論の中で伝統的に形成されてきたヒエラルキーから逸脱する特性をはらんでいることを指摘しました。
 さらに、モダニズム芸術を擁護し続けたレジェの制作活動の中で、芸術と民衆との和解という問題が前景化していく過程が人民戦線の誕生という1930年代フランスの社会的変革と歩みを同じくするものであることに注目し、人民戦線政府のもとで開催された1937年のパリ万博がその実践的な活動の受け皿として機能していたことを示しました。
 これら一連の研究は、20世紀前半のフランスにおける多様な芸術的潮流が錯綜する文化・社会的環境を浮き彫りにするとともに、キュビスムを発端とするモダニズム芸術が「自律」したものではなく、芸術家どうしの交流、制作を取り巻く環境、芸術作品の内容や機能などとの有機的な関係において展開したことを示すものといえます。


今後の展望

 今後は、本研究から得られた社会・歴史的視座のもとに、ポスト・キュビスム時代のフランスにおけるモダニズム芸術の変遷について、抽象芸術の展開の多様性と美術史の記述という二つの側面から考察を深めていきたいと考えています。