奈良時代における建築意匠に対する認識とその機能

海野 聡(うんの さとし) さん

(独行)国立文化財機構 奈良文化財研究所 都城発掘調査部遺構研究室研究員

研究の背景

 古代建築については、明治以来、数多くの研究の蓄積があるが、その主体は建物配置や柱の配置、古代の建築技法といった、物質的側面に主眼が置かれてきた。本研究では建物に関して、奈良時代の文献資料にどのように記述されているかという点に着目することで、奈良時代の人々が建築をどのように認識していたかという精神的側面に焦点を当て、その解明を試みたものである。


研究の成果・ポイント

 奈良時代の寺院の建物を資財として管理するために作成された諸大寺の資財帳(『西大寺資財流記帳』など)や縁起類(『興福寺流記』など)、宮殿など、第一級の建物について記した正史や法令、発掘遺構から奈良時代には数が少なかった楼閣や重層建築に対する認識、二つの建物が隣接した特殊な形状の建物(双建築)の記述時における認識、東大寺大仏殿の修理時における大仏の意匠に対する配慮を検討した。
 同じ重層の建物である二重と楼に対する区別や「双」という呼称を付けた建物の定義にある程度の厳密さが窺える点などから、文書の記述者が建築を形式によって分類していることが推察された。また交通の拠点であった駅家に存在した「駅楼」の修理の際に、人目に触れる施設であることをあげ、「瓦葺粉壁」といった外観に配慮するように命じており、視覚的要素が重要であったことが裏付けられた。さらに東大寺大仏殿の補強柱を立てる時には、大仏の意匠を損なわないような配慮をおこなったと考えられ、その難事業が高く評価されていた。このように奈良時代の人々は建築意匠を理解し、それをもとに建物を分類・認識していたと推察できる。


今後の展望

 文学作品における記述を通じて、奈良時代の建築に対する認識・評価を解明していきたい。また絵巻や木簡・線刻画・指図・瓦塔・家形埴輪といった、建築の意匠的側面を表現したものを対象に、どのように建築が描写、造形されているかという点を分析することで、建物の認識を解明し、建築史的視点からの史料批判を行いたい。特に家屋文鏡・石窟壁画・瓦塔・家形埴輪などは、相当、デフォルメされている。このデフォルメのなされ方を通じて、建築の認識とその表現方法というアプローチを試み、その中から建築を本質的に捉えた部分を抽出することで、過去の建築の様相を明らかとしたい。


参考文献

海野聡「双建築の再検討」『佛教藝術320』2012年
海野聡「「楼」建築の「見られる」「登れる」要素―奈良時代における重層建築に関する考察(その1)―」『日本建築学会計画系論文集669』2011年
海野聡「越前国桑原庄券に記された地方建築の検討」『建築史学57』2011年
海野聡「東大寺創建大仏殿に関する復原私案―組物・裳階と構造補強―」『文化財論叢Ⅳ』奈良文化財研究所2012年