ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言- イメージ人類学的研究試論

水野 千依(みずの ちより) さん

京都造形芸術大学 芸術学部 教授

研究の背景

 ルネサンスとは、イメージを美的な尺度で制作し受容する態度を発展させた時代と考えられます。しかしそれは、近代の「芸術」という規範にかならずしも回収されるものではありません。本研究(『イメージの地層―ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言』)では、「美的価値」が前景化したこの時代に焦点を定めつつ、近代以降に遡及的に再定義された「芸術」概念には包摂しえない図像――奇跡像や聖遺物、イコノクラスムの対象となった聖像や呪術的偶像、デスマスクや蠟人形や奉納像、さらに瞑想、記憶、幻視にまつわる心的イメージ、そして予言的形象――にも光を当てることで、イメージの地位や機能、ひいてはそのあり方自体を、当時の文化における多様な表象や象徴的行為の体系のなかで歴史人類学的視座から浮彫にすることを試みました。


研究の成果

 本研究は、奇跡、分身、予言という三つの軸を中心にケース・スタディを試みました。まず、14世紀以降トスカーナ地方で高揚した聖母像崇敬を、キリスト教における表象の問題や像の価値をめぐる論理という視点から考察しました。さらに、聖像に対する後世の修復的処理や破壊行為のもつ両義性を分析することで、礼拝像のいわば「死後生」と、それをめぐる当時の人々の心性に接近しました。また、ルネサンスに探求された「模倣」の技ではなく、デスマスクやライフマスクなど像主の「痕跡」に派生する肖像の系譜に注目し、それを、古代の「祖先の像」、「葬儀用肖像」、「奉納像」との関わりにおいて考察し、記憶の形成と抹消、名誉と不名誉のはざまで生成・破壊・再生を繰り返すイメージの「分身」としての機能を人類学的に掘り下げるとともに、古代復興の多面性を指摘しました。さらに、瞑想や幻視や記憶術とイメージとの関わり、15世紀末から高揚する終末論的予言における図像の役割についても多角的に分析を試みました。
 一連のケース・スタディは、中世末から初期近世にかけての文化変容のなかで、像をめぐるさまざまな態度が矛盾や対立を孕みつつ共存し変化した複雑なあり様に光を当て、イメージの力とその受容のあり方を浮彫にしたものといえます。


今後の展望

 今後は、本研究で得た方法論的視座をもとに、通常の芸術的展開における図像や様式の変遷とは異なるイメージの「記憶」の問題、とくに地域や時代の枠を超えた図像伝統の「長期持続」ないし「残存」という問題を考察していく予定です。


過去の著作・論文一覧

単著:『イメージの地層――ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言』(名古屋大学出版会、2011年)
共著:『カラヴァッジョ鑑』(人文書院、2001年)
論文:
「ルネサンスの奉納像――〈痕跡〉と〈分配されたパーソン〉」(『美術フォーラム21』第20号、pp. 101~108、醍醐書房、2009年)
「ルネサンスの芸術家工房――ネーリ・ディ・ビッチの『覚書(Le Ricordanze)』から」
(『ジョットとその遺産展』アートプランニングレイ、pp. 107~117、2008年)
「〈徴候〉としての怪物――ルネサンスにおける予言文化と図像」(『GENESIS』京都造形芸術大学紀要、第12号、pp. 153~169、2008年) ほか