源氏物語絵を通してみた近世上流階級の住宅観に関する研究―古代寝殿造への憧憬と復古表現を支えた考証過程―

赤澤 真理(あかざわ まり) さん

(受賞決定時)日本学術振興会特別研究員SPD・国文学研究資料館研究員、2012年4月~同志社女子大学生活科学部人間生活学科助教

研究の背景

 近世を生きた人々は、古代寝殿造に対していかなる理解や憧憬を抱き、自らの理想の住空間像を構築したのでしょうか。本研究は、近世に制作された源氏物語絵を中心とした古代主題の絵画に着目し、近世における上流階級の古代寝殿造に対する理解を明らかにしたものです(『源氏物語絵にみる近世上流住宅史論』中央公論美術出版、2010年)。


研究の成果・ポイント

 源氏物語絵は、現存最古のもので12世紀前半に遡り、19世紀に至るまで、多量に制作されてきました。従来、建築史の分野では、12世紀前半の国宝「源氏物語絵巻」について、寝殿造の様相が示された絵画として注目がなされてきました。しかし、中・近世に制作された源氏物語絵に、いつの時代の住空間が描かれているのか、具体的に検証されてきませんでした。
 源氏物語は、平安時代を舞台としており、その絵画に描かれた住空間には古代の上流階級の住まいである、寝殿造の様相が示されていると考えられがちです。しかし制作年代が降ると、実際の上流階級の住宅様式が書院造さらに数寄屋風書院造へと変化するのに対応し、描かれた住宅も変化していきます。鑑賞者達が抱いた住宅観の変容に伴い、近世における格式ある書院造の様式が絵に選択されるようになります。豪華な金碧の襖障子や瀟洒な唐紙障子で仕切られた空間に、物語の主人公である光源氏が座るようになります。
 17世紀中頃から、描かれた住宅に、古代寝殿造への復古表現が示されるようになります。徳川幕府の権力が定着すると、上流社会は自らのよりどころを、古代王朝文化の継承者であることに求めます。そのために、当時の絵師や故実家は、古代・中世の住宅史料を渉猟し、寝殿造の正確な復古を目指していきます。
 本研究は、近世源氏物語絵、近世上流住宅の実態、近世における古代学習、絵師が参照した古代住宅の史料等から検討し、近世における寝殿造のイメージの変遷を明らかにしました。


今後の展望

 源氏物語・うつほ物語・栄花物語等の平安物語、さらに中世絵巻等に対象を拡げ、平安時代の貴族や女性の生活空間の実態を復原的に検討していきたいと考えています。それらを踏まえ、王朝における生活文化を、後の中近世の人々がどのように受容し、自らの住宅観を形成したのかに着目していきます。王朝文化の実態・受容という視点から、日本の住空間の持つ意味や使われ方、さらに美術・芸術史的特質を浮き上がらせていきたいと考えています。