15世紀フィレンツェにおける美術と地理学-フランチェスコ・ロッセッリの地図制作と都市イメージ-

石澤 靖典(いしざわ やすのり) さん

東北大学大学院文学研究科専門研究員、東北学院大学、宮城学院女子大学、東北生活文化大学 非常勤講師

はじめに

 15世紀のイタリアでは都市の全景を俯瞰的にあらわした景観図や数学的な投影法にもとづく世界地図の制作技術が飛躍的に発展しました。とりわけフィレンツェの版画家フランチェスコ・ロッセッリ(1448-1513頃)は、この分野において質量ともに充実した作品群を残しています。本研究はロッセッリのフィレンツェ図を分析しながら、地理学の発展における美術家の役割や、背景となる人文主義思想および都市論について考察したものです。


研究の成果・ポイント

 ロッセッリの活動の特色、ならびに彼の原画による《鎖に囲まれたフィレンツェ図》(ベルリン美術館)の成立過程を解明するために本研究では以下の検討をおこないました。
 (1)まずロッセッリ工房では〈世界地図〉と〈都市図〉という二種類の地図が等しく制作されていたことが注目されます。一見似た印象を受ける二つの作図法ですが、これらは古代のプトレマイオス以来、前者は数学的方法論にもとづく「地理学」の領分、後者は叙述的な「地誌学」の領域として厳然たる区別が設けられていました。この点に関し本研究では人文主義者F・ベルリンギエリの『地理学の七日間』(1482)を取り上げ、そこにロッセッリの制作方針と共通する二形式混在の傾向が見られること、更にその動機としてフィレンツェ文化の覇権を顕示せんとする都市の論理が介在することを指摘しました。
 (2)これまでロッセッリの《鎖に囲まれたフィレンツェ》図は、実測にもとづく数学的・客観的な都市描写として捉えられがちでした。しかし本研究では図中にみられる大聖堂の中心性という特徴に着目することにより、次のような都市理念が作品の成立背景に存在することを明らかにしました。(a)従来と異なる南西からの視点を導入し、主要教会の位置関係を調整することで明確化された「第二のローマ」としてのフィレンツェ観。(b)当時は未完成であった大聖堂ファサードを完成形で描くことによる、古典的な理想都市としての姿(これは特にメディチ家周辺で共有されていたイメージでした)。
 以上のようにロッセッリのつくり出した新しい景観図は、当時の市民、とりわけメディチ家のフィレンツェに対する政治・社会的な理念を色濃く反映するものだったといえます。
 なお本研究の成果は『文化』(東北大学文学会、72巻、2009年)および『都市を描く』(佐々木・芳賀編、東北大学出版会、2010年)に掲載されました。


今後の展望

 今後は《鎖に囲まれたフィレンツェ図》中の主要モニュメントの記銘にヴェネツィア訛りが見られることやロッセッリのフィレンツェ以外での活動などに注目し、本図の版画としての流通状況や受容環境などについて考察してゆきたいと考えています。