15世紀後半ヴェネツィアにおける画家と詩人
ベッリーニとツォヴェンツォーニ :彩飾写本の贈答にみる制作経緯

佐々木 千佳(ささき ちか) さん

東北大学大学院文学研究科専門研究員、東北学院大学非常勤講師

研究の背景

 絵画と詩、画家と詩人は、古来より、諸芸術の優劣比較論争(パラゴーネ)において模倣芸術としての優劣が論じられるものでした。ルネッサンス期のヴェネツィアでも、詩人によって絵画が言葉で描写(エクフラシス)され、芸術家の技量を褒め称える礼賛詩が詠まれる土壌が育まれていました。
 今回受賞の対象となりました研究(『美学』第59巻第2号(233)、2008年)は、このような制作環境を背景に、一葉の彩飾写本に描かれた肖像画(ミラノ、トリヴルツィアーナ図書館所蔵)を、画家、モデルである詩人、そのパトロンという三者の関係において考察し、そこに造形芸術の果たした役割を読み解いたものです。


研究の成果・ポイント

 肖像画は、様々な議論を経て近年はヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・ベッリーニ(1430年頃-1516年)の作とされています。古代風の建築構造の中に描かれたモデルの同定についても同様に議論がなされてきましたが、近年、ラファエーレ・ツォヴェンツォーニの『イストリアス』(1474年頃)と題された選詩集の写本(同図書館所蔵)の中で言及されている肖像画と関係づけられ、本肖像画は元々この選詩集に付随していたとする仮説が提案されました。本研究では、作品調査を行ったうえでこの説を認め、写本がパトロンの司教ヒンダーバッハへ献呈されたことを踏まえて、贈られた写本の著者像としての肖像画の機能を分析しました。
 写本には画家ベッリーニの描く肖像画が「生きているかのようである」と礼讃したツォヴェンツォーニの詩が収められています。この頌詩と鋭い視線をはじめとする肖像画の表現に、定型と個別化という共通した要素を指摘しました。また、伝統的な写本彩飾にみられる著者像や献呈像の構図や装飾モチーフと比較すると、本作品には、欄干に置かれた著書によって献呈を表わすなどの作者と観者をつなぐ心理上の仕掛けがなされているばかりではなく、著書を献呈に赴く詩人の代替としての画像という機能もあったことを明らかにしました。本作品は、読者に著者を紹介し記憶に残すための著者肖像にとどまらない意味を有していました。ここに、肖像画がいまだアクチュアルな機能を保っていた15世紀後半の様相が窺われます。


今後の展望

 今後は、贈答に際する作品の機能が後の時代にどのように展開していったのかを社会的要因を明らかにしながら検討したいと考えています。また、同時代の芸術家同士の交流を探ることで、制作の場と作品内容や機能の関係について考察を深めてゆきたいと思います。