イタリア・ルネサンス時代の芸術とパトロンに関する研究―銀行家アゴスティーノ・キージとセバスティアーノ・デル・ピオンボの作品を事例として

小林 明子(こばやし あきこ) さん

国立新美術館研究補佐員・慶應義塾大学非常勤講師

研究の背景

 今回、受賞の対象となりました研究(『イタリア学会誌』第58号、2008年、41~61頁)は、セバスティアーノ・デル・ピオンボ(1485―1547)が制作した《アドニスの死》(ウフィツィ美術館所蔵)を調査対象とし、16世紀のローマで制作された神話画の特性を、注文主との関わりから考察するものです。
 《アドニスの死》の注文主は長らく議論されてきましたが、近年の研究では、画家の重要なパトロンの一人である銀行家アゴスティーノ・キージ(1466―1520)を注文主とする見解で衆目の一致をみています。本研究はこの説を一歩進め、キージとの関わりから作品の主題を再解釈するとともに、そこに反映された注文主の意図、さらにはパトロンをめぐる社会的、文化的環境において作品に期待された機能を明らかにしました。


研究の成果・ポイント

 《アドニスの死》とキージとの関連を探るにあたり、本研究では第一に、本作の制作と同時期に進行していた彼のパトロネージ、すなわちヴィッラ(現ヴィッラ・ファルネジーナ)の建設という古代文化の再生を目指した文化活動が、本作の中心をなす「アドニスの死」という主題が内包する「再生」という意味に合致することを指摘しました。第二に、背景に描かれたヴェネツィアの都市景観図に関して、それが、作品制作の直前にキージがヴェネツィアで行った経済活動に関連する描写であることを指摘しました。以上のことから、当時のキージが商人という身分以上の社会的地位を切望していた状況のなかで、本作が彼の商人としての成功と、優れたパトロンとしての文化的功績を知らしめる絵画として機能したであろうことを浮き彫りにしました。
 セバスティアーノ・デル・ピオンボは、16世紀を代表するきわめて重要な画家でありながら、その作品の個別研究は十分になされていないというのが現状です。2008年に大規模な個展が開催されたことを機に、今後の関心の高まりと研究の進展が期待されるなかで、本研究はセバスティアーノ研究としても意義深いものと考えます。


今後の展望

 今後は、引き続きセバスティアーノのローマ時代の作品を研究対象とし、作品に反映された注文主の意図を読み取ることを通じて、新たな作品解釈の可能性を探るとともに、ルネサンスにおける芸術とパトロンの問題を考察してゆきたいと考えています。