絵画から読み解く日本音楽史と日本文化交流史~大英博物館所蔵「舞楽絵巻」を中心に

寺内 直子(てらうち なおこ) さん

神戸大学 国際文化学研究科 教授

研究要旨・成果

 この研究は、イギリスの大英博物館所蔵の日本の宮廷芸能・雅楽(舞楽) を描写した絵巻『舞楽之圖』を中心とした視覚資料を調査し、その内容と、その資料がそこにあることの意味、を読み解くことを目的としている。具体的には、①描かれている表象内容そのもの、あるいは資料の性質の分析と、②なぜその資料が大英博物館にあるのか、という背景の歴史的経緯の解明を目指した。申請者は、2018年9月と2019年3月に大英博物館で調査を行い、『舞楽之圖』の詳細な閲覧調査を行うことができた。その結果、絵巻の保存状態や細かい書き込みの詳細が判明した。

 この絵図は、やや紙魚があるものの、紙の上に多色彩で描かれた美しい絵図で、序文や奥書、画中のおびただしい注記から、1815年、旗本で、美人画家として知られる水野蘆朝(1748-1836)が、 御手先鉄砲頭として勤務していた当時、江戸城で催された禁裏楽人による舞楽上演を実際に見学して、その記録として描いたものと知られる。まず、上記の目的①に関して、大英博物館での調査と平行して、申請者は、舞楽図一般に関するこれまでの美術史の研究を参照し、また、記録された行事の歴史的背景を明らかにするために、日本史の諸資料、雅楽の楽人が残した資料や、実際の舞楽装束の情報等を渉猟した。その結果、同絵図に含まれる行事に関する情報は、『徳川実紀』や『四天王寺林家文書』中の「禁裏東武並寺社舞楽之記」の記録とほぼ一致し、正しいことが裏付けられた。この行事では、関西から55人の楽人が下向し、紅葉山楽人も加わり、江戸城白書院で〈振鉾〉と七番(つがい)の左右の舞楽が演じられた。絵図は、画家が途中退席した時に演じられた3曲を除いた全曲が描かれている。また、楽器や舞台設定も描かれている。江戸城舞楽の詳細については不明な点も多かったが、この資料はそれを視覚的に補完するものとして価値が高い。

 -方、絵図中の舞楽装束については、金襴ベリの裲襠で描くべき〈打毬楽〉を毛ベリで描くなど、事実と異なる部分がいくつかある。また、同じ装束の部品を舞によって別の言葉で呼ぶなど、注記の中の舞楽装束の用語に統一性がない。これは画家が、一回きりの本番見学だけでこの絵図を描いたのではなく、先行する複数の資料を参照して、下絵を準備したことを示唆している。内容を充分に理解しないまま引用したことから装束の取り違えや、用語の不統一が起っていると考えられる。この絵図は、図像そのものの鑑賞を阻害するかのように画中におびただしい注記を含んでおり、純粋な鑑賞目的の「美術品」ではなく、一種の「記録」としての性質が強い資料であると言えるが、同時に、描かれた内容が完全に事実ではないことにも留意して読み解くことが必要である。

 研究目的②については、同絵巻は大英博物館の説明によれば、御雇い外国人として、1873-1880年に日本に滞在した医者、ウィリアム・アンダーソンWilliam Anderson(1842‐1900)が購入し、帰国後大英博物館に売却したものである。アンダーソンの持ち帰ったコレクションについては2000年代に入り、美術史の分野で活発に議論されており、それによれば、アンダーソンの日本絵画のコレクションが、欧米での「日本美術史」の構築や理解に大きく貢献したという。


今後の研究の展望

 今回は、他の雅楽関係の資料(楽器、仮面類)については、展示の関係で詳細な調査が叶わなかったが、引き続き、同博物館の雅楽関係の資料調査を続けて行きたい。なお、『舞楽之圖』の詳細については、「江戸城における舞楽上演の記録―大英博物館蔵『舞楽之圖』と画家の眼」『日本文化論年報』22号(2019年3月)を参照されたい(神戸大学学術成果リポジトリからダウンロード可能)。
また、この研究成果については、国際伝統音楽学会(ICTM)第45回大会で発表の予定(2019年7月、於バンコク・チュラロンコン大学)である。