「邦楽」を聴くことの意義を脳科学的視点から迫る:日本伝統音楽の国際的な普及を目指して

大黒 達也(だいこく たつや) さん

マックス・プランク認知神経科学研究所 博士研究員

研究要旨

 音楽と脳の研究は、単に音楽という領域だけにとどまらず、ヒトの普遍的な脳機能の解明にも一役を担っている。例えば、言語認知との関連性や、行動の最適化に伴う潜在的意思決定など、芸術的感性の発達的起源や進化過程にまで踏み込む内容であると考えられる。一方、これまで報告されてきた音楽認知研究の殆どは西洋音楽に基づいており、邦楽(歌舞伎や日本雅楽等)がヒトの脳にどのような効果をもたらすのかに関しては未だ報告されていない。その理由の一つとして、邦楽は、西洋音楽のビートのような数学的定義を持たない「間」という抽象的な概念が存在し、科学的検証が困難であるからと考えられる。本研究では、邦楽がヒトの脳に及ぼす効果を明らかにすることで、邦楽を聴くことの意義を脳科学的視点から迫り、日本の伝統音楽の国際的な普及を目指す。


成果

 西洋音楽家、邦楽家、非音楽家を対象に、規則的リズム、不規則的リズムに基づいた時間間隔認知の違いを、脳波や脳磁図、行動実験により検証した。その結果、西洋音楽家、邦楽家は非音楽家に比べて、規則性に関わらずリズムをより正確に認知できることが示唆された。一方、刺激時間間隔が長い不規則なリズムを認知する際、西洋音楽家や非音楽家に比べ邦楽家では、より正確に時間間隔を認知できることが示唆された。本研究の成果の一部は、Scientific Reportsにて既に出版されている。また、ノルウェーのベルゲン大学ホークランド病院にて邦楽の紹介と本研究の脳科学的知見を紹介した。新たな結果に関して一報は現在査読中であり、もう一報は投稿準備中である。さらに2018年4月にイギジスのノッテインガム大学にて研究のプレゼンテーションを行う予定である。


今後の研究の展望

 生まれ育った文化音楽と脳機能の違いは、邦楽以外でも報告されているが、日本の場合、日本人であっても邦楽を聴く機会は非常に少ないと考えられる。今回の実験では、プロの邦楽家を対象に実験を行ったが、今後は非音楽家に対して、邦楽聴取による脳への効果を検証する必要があると考えられる。現在、間の認知に関する研究に関して、イギリス、オックスフォード大学のRiikka Mottonen准教授や帝京平成大学の高橋勇二助教との共同研究も開始している。


研究の波及効果

 本研究を通して、各国で邦楽を知っていただく機会を設けることができた。2019年には、ノルウェーのベルゲン大学、イギリスのオックスフォード大学の音楽研究者らを招聘し、実際に邦楽に触れてもらう機会をもうけようと考えている。音楽の普及だけにとどまらず脳科学領域においても、邦楽の「間」の認知は、ヒトの時間認知メカニズム解明に貢献すると考えられる。


謝辞

 本研究に関して助成を賜りました、公益財団法人花王芸術・科学財団に心より感謝致します。データ取得にあたり、東京大学医学部附属病院てんかんセンター・センター長の湯本真人先生にはひとかたならぬお世話になりました。有難う御座いました。ノルウェーにて本研究を紹介する場を設けて頂きました、ベルゲン大学のStefan Koelsch教授には、心より感謝の意を表します。被験者募集にあたり、邦楽家(邦楽囃子)の麻生花帆先生には多大なる御協力を頂き本研究を行うことが出来ました。この場をお借りして心から謝意を表します